おこもりさんも大海の夢を見る

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日本人の8割に読書習慣がない話 / 読書嫌いになるくらいなら感想文書くのをやめちゃえ

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かつて夏休みの読書感想文の課題図書といえば第二次世界大戦関連モノばかり。

違うものが一冊でもあれば、その年はマシ。

それが、今ではバラエティに富んでいるようで、何よりだ。

読書習慣のない日本人が8割超え

十六歳以上で月に1冊も本を読まない人が日本人の5割弱を占めているらしい。

月に1、2冊の人を含めるとおよそ8割。

この中には、ビジネス書や啓発本、HOWTO本が含まれている。

私はこれまで、そういった種類の本を読書に含めていなかったが、含めないで調査した場合の結果なんて想像するだに恐ろしい。

 

かつて、大卒なのにあまりにも語彙が少なかったり(いちいち意味を訊かれる)、文章が酷い(内容が伝わらないレベル)部下や後輩に「読書してる?」と訊いたところ、「本ぐらい読みます」と憤る者が数人いた。

で、内容を訊いてみると「月に一冊」「ビジネス・啓発本のみ」なんて応えが返ってきて言葉を失ったことがある。

だが、彼らが胸を張って「読書している」と言うのも当然だったのだ。

周囲の人の半分が月に1冊も読んでいないのだから。

(データは文化庁のpdfから)

国語に関する世論調査 | 文化庁

 

本を読むことが出来ない事情

現在の私は病気で読書が出来ない。

そういう症状の病気であることと、頭がボーッとする薬を飲んでいることが理由。

ここ一年で少しは読めるようになったものの、エネルギー消費量が半端じゃないのと、ここのところは感染症問題により図書館の本が怖いので、全く読んでいない。

病気が寛解へ向かうことを信じて、図書館の近くに引っ越してきたというのに口惜しい。

忙しくて本など読んでいる暇があったら睡眠時間を確保したいという人もいるだろう。

かつて忙しくしていた頃の私は、活字中毒なのに寝る前の30分程度しか読書時間を確保できなかった期間がある。

活字中毒でなかったら、読書時間はゼロだったに違いない。

 

読書習慣がない理由

家庭ごとに色々と事情はあるだろうが、一番の理由は「両親が読書をしない」なのではないだろうか。

学生の頃、本を読まない友人の家へ遊びに行くと、本棚に漫画本しかない家や本棚自体が存在しない家であることが多かった。

それでもって、そういうお宅では「読書=勉強」となっていた。

これは私の経験則でしかないのだが、そう外れてはいない見解かと思う。

 

そもそも、就学前に「読書は楽しい」と思えていれば、自ずと読書するようになるだろう。

しかし、親が忙しくて読み聞かせをできない、親が必要性を感じていない等の場合は就学以降に読書習慣が身に付くケースはレアだろうと思われる。

何故なら、学校や文科省オススメの本は面白くなかったりするのだ。

 

また、学校で感想文を求められるのも本嫌いになる一因と考えられる。

しかも感想に自由が制限されていて、教師の思惑から外れた感想を書くと問題視されることがありがちだから厄介なのだ。

例えば「ガラスのうさぎ」を読んで「戦争に負けない国にしたい」はNGだし、「100万回生きたねこ」に「人も猫も死んだら炭になるのに変な話」はNG。

もっと細かく言えば「100万回も生きられて良かった」「100万回も生きるなんて嫌だ」だってNGに入る可能性が大きい。

 

私のレアケースな読書歴

私は本棚が無い家で五歳まで過ごした。

絵本の読み聞かせは1回半くらいだった。

五歳までに私が接した本は何と3冊ぽっきり。

「子犬とチョウチョの絵本」「オカピの写真絵本」「金太郎」だけ。

途中から一緒に住みはじめた両親が私の成長の遅れに驚いて教育を開始するまでは、当然内容は分からなかった。

 

また、両親が国語よりも算数に熱を入れたため、ひらがなの読み書きよりも、足し算引き算の方を早く覚えた。

それでも両親が私と過ごせるのは土曜の午後から日曜の夕方までで、そのうちの小一時間程度、母のお手製算数ドリルをやるくらいのものだった。

その上、両親は読み聞かせの必要性を感じていなかったので、私は絵本の絵だけを見て楽しんでいた。

しかし両親と三人で暮らし始めてからは泣けるほど勉強させられた。

おかげで幼稚園を卒園する頃(数字を覚え始めて1年半後程度)には、自分で絵本を読み、お小遣い帳をつけ、九九を覚えて算盤3級の応用問題を練習するに至った。

 

そんな教育熱心な親だったのに、六歳の時に買ってもらった絵本は2冊だけ。

ディズニーの「シンデレラ」と「ワンワン物語」である。

最初の一冊「シンデレラ」は母が本屋に連れて行ってくれて、ディズニー絵本の中から選ばせてもらったのだが、私の選択に母は不満で、以降自分で読む本を選ばせてもらえなくなった。

それでも、この2冊の本は私の転機となったのだ。

私は「シンデレラ」の絵により物欲をそそられ、母から与えられた「ワンワン物語」のスパゲッティで食欲を知った。

 

小学生になると、1年から3年生までの間は年に1冊ずつ学齢に合わせたジュブナイル集を与えられた。

このジュブナイル集の中の「シンドバットの冒険」が好きで好きで、何度も読み返した。

何が好きだったかって、冒険自体はもちろんワクワクしたが、それ以上に「宝石ザクザク」が脳裏でキラッキラしていたのだ。

物欲系刺激である。

 

それでも、3年生までの私は読書習慣もなかったし、本は好きじゃなかった。

何と言っても道徳や国語の教科書が面白くなかったし、夏休みの課題図書もつまらなかった。

読書に開眼したのは3年生の後半だったと思う。

別に暮らしていた兄のお下がりで「ジュールヴェルヌ集」「シートン動物記」「ファーブル昆虫記」をもらったのだ。

特に「ジュールヴェルヌ」のジュブナイルと「シートン動物記」が気に入った。

この段で私は、やっとこ「読書」に目覚めた。

学級文庫を読み漁り、図書室の常連に変身したのだ。

 

ちなみに我が家は、父親は読書好きで母親は読書嫌い。

で、私に漫画は買ってくれないが、借りてきて読むのは比較的オッケーな家だった。

また、両親がいつも何かしらの勉強をしていて、母は教科書や専門書をよく読んでいた。

それが私に良い影響を与えたかというと、そうでもない。

母が勉強していた「法人税」という本を開くと目がチカチカしたし、父親の電気系の本は古代文明の壁画と変わりがないように見えた。

それに母が勉強する姿は髪振り乱してカリカリしていて、ちっとも好印象ではなかったので、私は大人になっても勉強しなきゃいけない仕事は避けようと考えていた。

ただ、勉強は何歳から始めても良いと思えるのは、両親によるところであるのは間違いない。 

読書習慣の効用

読書はいつでもどこでも私を別世界に連れて行ってくれた。

だから、クラスで浮いていても、一緒に弁当を食べる友達がいなくても、私はちっとも嫌じゃなかった。

父親にボコボコに殴られた日も、布団の中にライトを引き込んで本を読めば、気が楽になった。

中学生になってからは読書していると母親に怒られたので、こそこそと布団の中で隠れて読んでいたのだ。

特に芥川龍之介や三島由紀夫なんか読んでると、母親のヒステリーが爆発するので、国語の教科書も隠れて読んでいたほどだった。

 

話を元に戻すと、読書はマイペースとか近寄りがたいというポジションを与えてくれる。

トイレで弁当を食べるなんて不衛生かつトイレ利用者に迷惑なことをするくらいなら、教室で本を片手に一人で食った方がカッコいいと思うし、衛生的である。 

本に没入していれば、外野の声は聞こえない。

ある程度までは成績も上がったりする。

しかも社会に出てから、役に立つ。

読んできた本の内容が役に立つわけではなく、書類を読むスピードや正確な読解力と語彙数などが直接的にお役立ちなのだ。

また、広いジャンルの本を読んでいれば、役職者や年配のお偉いさんと話がしやすい。

薦められた本を読んでみて、良い関係性を作れるし、相手の記憶にも好印象で残りやすいのだ。

 

何よりも大事なのは、自分が楽しいと思える本を読むことに尽きる。

感想文なんてテキトーに書いとくか、うっちゃるかしてさ、本は楽しく読むのが一番だと私は思うんだな。

  

 

今週のお題「読書感想文」