おこもりさんも大海の夢を見る

諦めず、焦らず、時に倒れても海を目指して、ほふく前進する引きこもりの雑記ブログ

禁忌の家 / ノンフィクションです

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それは第一次オイルショックの頃のことだったと思う。

私は海辺の小さな集落にある祖母の家で暮らしていた。

雑貨店が一軒と郵便局はあったものの、駐在所すらないような時代に取り残された集落だった。

浜辺の防波堤のどんつき、断崖に隠れるように一軒の小屋のような建物があった。

集落では珍しい2階建で、青や灰色のトタンをつぎはぎにしたような古い小屋だった。

どこかからやってきた女性が一人住みついたという話を耳にしたことがあったが、そこの小屋のことを話すのは禁忌だった。

理由は分からない。

 

防波堤の端っこは崖にくっついていて、そこから浜辺へ降りることができた。

その手前に階段もあったのだが、お転婆な私はその崖のでこぼこを昇り降りするルートが気に入っていた。

その遊びから帰る時に、一度だけ洗濯物を干している女性をチラッと見かけたことがある。

4歳くらいの私には中年の女性に見えたが、もしかするとまだ三十歳程度だったかもしれない。

女性は私を見ることもなく、黙々と無表情で洗濯物を干していた。

私は話しかけたかったが、取りつく島がないように思え、そのまま帰った。

家へ帰って祖母にその話をすると、「あの家の話はしちゃなんね」と深刻な表情で言われた。

祖母は性格のキツい人だったが、他人の悪口や誰かを除け者にするようなことは言わない人だったので、私は少し驚いた。

思い返してみると確かに大人たちの話に、あの家の話は出たことがなかった。

田舎の排他的な土地柄のせいなのか、曰く付きの建物だったのか、それは今でも分からない。

 

私が洗濯物を干す女性を見かけてから、数ヶ月か一年くらいか経ったある日の夕刻のこと。

私が家から海を眺めていると、件の家から腰の曲がった痩せた老婆がリヤカーをひいて防波堤へ出てきた。

衣服はボロで、頭に巻いたほっかむりもボロ布に見えた。

顔を確認できるほど近くはないが、体格からして以前見た女性とは違うことは確実だった。

防波堤は途中でカーブして、我が家の方へ続く川沿いの道につながっている。

老婆がカーブの手前まで来たあたりで、私は小屋の方へ目をやった。中年女性は家の中にいるのか見当たらなかった。

そして、もう一度老婆を見ようと防波堤のカーブの付近を見たが、リヤカーも老婆も忽然と姿を消していた。

周りは田んぼで、松の木が一本植っているだけの見晴らしの良い一本道で、隠れるような場所はどこにもない。

家に引き返したとしても、私はその家の方を見ていたのだ、見逃すはずがない。

だいたい引き返すには私が老婆から目を離した時間はほんの数秒なのだ。あり得ない。

 

私は老婆を見つけようと田んぼの畦道だの、お寺へ続く道だのを目を凝らして見回した。

あたりはすうっと夜に向かって暗くなっていった。

老婆は見つからなかった。

でも、私は確かにリヤカーを引く老婆を見たのだ。

女の一人暮らしだったはずの家には二人の女が住んでいたのだ。

禁忌ゆえに誰にも話すことができず、真相は分からないままだし、老婆がどこへ消えたのかも分からないままだ。

夕刻は逢魔時ともいうが、あれは老婆ではなかったのだろうか。

 

津波の後で私はあの田舎へ祖母の墓参り方々行ってみたが、あの家は無くなっていた。

まるで始めからそこになかったかのように。

 

 

 

今週のお題「怖い話」