いやあ、面白かった!
「こいつが怪しい!」「あれれ違ったかな」「やっぱり怪しいのはこいつだ!」と、心の中でやいのやいのと騒ぎながら読んだ。
「白骨死体が見つかる」事件と「徘徊老人が殺される」事件。二つの事件が絡み合い、間に「刑事を騙る者が誰か」事件も入って、忙しい一冊。
貴子と恋人の善き男性との私生活的問題もありーの。
久しぶりに貴子のバディが皇帝ペンギン滝沢氏で、皇帝ペンギンから「アザラシ」に昇格(?)したり。
物語の中では「遅々として進まない」事件だが、読み手としては「濃縮されてテンポがいい」作品になっている。
キャラも貴子を含め、歳を重ねて微妙に変化しているのが上手い!
で、取り調べシーンの最後に、貴子の言葉に犯人が答えるセリフが良い。私は泣きそうになった。実際、目尻に一滴ほど滲んだ。珍しいことだ。
「(略)生きるためには、殺してもいいっていうことですか、戦争中みたいに」
「当たり前じゃないかっ。きれいごとを言うな!俺にとっては、戦争なんだっ!生きるということは、そのまんま!」
(「風の墓碑銘」乃南アサ著より)
もちろん、この犯人に凄絶な背景があってのことだが、悲壮なこの叫びが胸に迫る。
貴子の正しさは眩しいほどで、警察官にはそうあって欲しいモノだ。
だが、生まれ落ちた環境から、その正しさを持つ余裕がない。生きるために必死で、自己肯定するために歪んだ性根を持つしかない悲しさ。
愚かではあるが、犯人側の言葉の方が痛みを伴って聞こえる。
本当は与えられた環境が悪いほど、正しく生きた方が後々人生を楽にするのだが、そんな強さを持つことは難しくて。
私とて犯罪や不正をしたという訳ではないが、仕事を貪り喰っていた時期があった。職場の先輩に「あなたみたいにガツガツした女子って周りにいないからビックリ(悪気なし)」と言われたことがある。
「四十にもなって親元でヌクヌク暮らしてるアンタと違って、コチトラ独りで生きてんだよっ!」というのが、その時の私の心の叫びだった。
口に出した言葉は「女性も稼がなきゃならない時代、そんなんじゃ生きていけませんよ〜(ニッコリ)」という程度のモノだったが。・・・・充分か。
着飾ったチワワに、ずぶ濡れの野良猫の気持ちなんか分からないのだ。逆もまた然りだ。
今となっては懐かしい気持ちで、すっかり忘れていたが、この本の台詞で思い出してしまった。
女刑事シリーズはこの作品以降(2006年)、出版されていないようなので、これが最後なのかもしれない。
だが、もう一本くらい長編をお願いしたい気持ちになった。同時に、これが最後で良いのかもしれないとも思う。
これ以上に心を揺さぶられる台詞は無いだろうから。