おこもりさんも大海の夢を見る

諦めず、焦らず、時に倒れても海を目指して、ほふく前進する引きこもりの雑記ブログ

私のロマンチックはどこにあるのか

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毎週土曜の夜中にツイッターで行われる「#深夜の二時間作詩」に投稿している。まあ、サボるときもあるが、結構書いている。

まるっきり自由に書くより「お題」がある方が、短い詩は書きやすい。

とはいえお題があっても、ここのところは小説に手を入れ始めたため、詩があまり書けていない。

小説は筆が遅くなるので、なかなか発表に至らないから、週に2つか3つくらいは詩をツイートしようと思っていた。

 

だが、つい先日の「深夜の二時間〜」お題が「ロマンチック」。これを見た瞬間に私は拒絶反応からツイートを諦めた。

私は「ロマンチック」と相性が悪い。アレルギーかもしれないってほど、体質に合わない。

 

そこでふと考えた。そも「ロマンチック」とは何か。Wikiをググったら余計に分からなくなったので、コトバンクを見てみた。

kotobank.jp

 

色々あるが、一番詳しかったのは「精選日本語大辞典」だったので、引用する。

ロマンチック
〘形動〙 (romantic)
① 現実離れした甘美で理想的な雰囲気やなりゆきであるさま。小説、特に恋愛小説の世界のように、甘い情緒や悲壮美に富んでいるさま。また、その風を好んだり望んだりするさま。ロマン的
当世書生気質(1885‐86)〈坪内逍遙〉三「小説稗史にあるやうなロウマンチック〔荒唐奇異(きたいなこと)〕な事がしたいもので」
② 文学・音楽・美術などがロマンチシズム的であるさま。ロマン的。
ふらんす物語(1909)〈永井荷風〉祭の夜がたり「ボッカチオの物語で見るやうなロマンチックな都」
         コトバンク 『精選版日本語大辞典』より」

①は分かるような分からないような。甘い情緒はね、分かるわ。私の苦手なやつだ。デートで夜景の見えるレストランに行くだとか、どうしていいか分からない状況に置かれて、イライラしたりモゾモゾしたりしてしまう、アレね。

「悲壮美」については、典型的なのが「美しい狂女」や「病んだ美青年詩人」なんだろう。

だが、春日武彦氏の「ロマンティックな狂気は存在するか」を一読いただきたい。まあそんなもの「無い」ってのが春日先生の答えなんだが。

で、実際に私もそう思う。映画や漫画に出てくるような「美しい狂女」なんちゅうもんはまず居ない。狂った女は大抵「アブねぇ山姥」になる。

狂気と正気の行ったり来たり時代の自分を思い返してそう思う。私の場合山姥じゃなくて「怪しい虎刈りの坊主」になったが。 

ロマンティックな狂気は存在するか (新潮OH!文庫)

ロマンティックな狂気は存在するか (新潮OH!文庫)

  • 作者:春日 武彦
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2000/10
  • メディア: 文庫
 

私が疑問に感じたのは「坪内逍遥」のところだ。「 ロウマンチック〔荒唐奇異(きたいなこと)〕な事」とある。

「荒唐で奇異」ってなると、なんだかロマンチックと離れる気がするのは、私の日本語感覚がズレているからなのだろうか。学が無いから、きっとそうなんだろう。

 

「ロマンチック」だと恋愛っぽいとか感傷的な感じがするので、「ロマン」に絞って調べてみた。が、よう分からんかったので、同義とされる「ロマンス」を見てみた。

kotobank.jp

コトバンクさんの「デジタル大辞泉」を引用する。

ロマンス

 空想的、冒険的、伝奇的な要素の強い物語。特に中世ヨーロッパの、恋愛・武勇などを扱った物語をいう。ロマン。
 恋物語。恋愛小説。
 叙情的な内容の歌曲あるいは小規模な器楽曲。
 男女の恋愛に関する事柄。恋愛事件。
[補説]元来は、ラテン語の俗化したロマンス語で書かれた物語の意。

               「コトバンク 小学館デジタル大辞泉』より」 

 「恋愛」の文字が飛び交っているが、頭に「空想的、冒険的、伝奇的」とある。ってことはSFもロマンチックなのか。

スターウォーズ指輪物語もロマンチックなのだな。しかし、巷で「ロマンチック」と出てくると大抵は「女性が好みそうな」モノが出てくる気がする。いわゆるキラキラした世界。

他には「大正浪漫」「歴史はロマン」ってな言葉を見聞きすることがあるけど。

なんとか自分の中で「ロマン」を探すと、せいぜいがところ「ボイジャー2の行方」くらいで、でも「ロマンチック」とは思わないんだなぁ。「私が死ぬまでにどこまで行くんだろう、何か面白いものを撮影してくれるだろうか」という興味はあるけれど。

昔、ここで信長が、政宗が・・・・なんてのにも「へー」くらいだし。

SFも大河ドラマも好きだ。だが、そこに「ロマン」は感じない。物語や役者や映像に魅力を感じるのであって、ロマンチックの入る隙間が無い。

どこをどうひっくり返しても、私の中に「ロマン」が無いようで、したがって「ロマンチック」をお題にした詩は、やっぱり書けそうに無い。