おこもりさんも大海の夢を見る

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【読了】正しい恨みの晴らし方ー科学で読み解くネガティブ感情ー / 中野信子・澤田匡人

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本が読めたよー!万歳っ!!実はヘトヘトだけど。理解できた部分の方が少ない気がするけど。何年ぶりだろう。感慨深くて少し泣けてる。

なぜこの本を借りてきたのか。それはタイトルが素敵だからだ。「正しい」恨みの晴らし方。ネガティブ感情を「科学」で解くんだって。

実は私は病的に「ポジティブ」な人だ。ってか「ポジティブ」が過ぎて病気になった。病気になっても「前向きに」治そうとしたし、キャリアを含めて人生を諦めなかった。「なんとかなるさ」とは思わないが「なんとかするぜ」と思っていた。

そんな私に理解できないのが「嫉妬」という感情。「恨み」は分かる。「羨ましい」も分かる。「妬ましい」が分からない。どうやら私は浮世離れしているらしい。他人の自慢話を楽しんで聞いていられるんだが、それって変人(もしくは宇宙人)に思えるらしい。他人の楽しい話、幸せな話って、悪口だの噂話などを聞くよりずっとずっと、精神衛生上良いと思うんだけどなぁ。

持続する怒りは恨みだったのか!?

「恨み」は分かっているつもりだった。なんなら半狂乱で「殺すっ!」と叫んだことなんて、何度もある。頭の中で何人殺したかしれない。まあ、両手の指では足りない。ただ、現在恨んでいる人を思い浮かべると、いないのだ。唯一数年前まで恨み骨髄だった母に関しては、怒りを超え、悲しみ恨みも通り越して、生涯関わらないと決めたので、思い出そうとしなければ、何の感情もない。

そもそも、私は2歳の頃の怒りを覚えているし、3歳の時のいくつかの出来事についての怒りは、未だ正当な怒りだと思っている。それらの出来事について謝罪を受けていないので、怒っているのは当然ではないか。

だが、この本によるとそれは「恨み」らしい。

不当な行為や侮辱した相手に対する怒りが繰り返し思い出される状態になってしまったら、それは怒りではなく「恨み」と称しても差し支えありません。

中野信子・澤田匡人 / 正しい恨みの晴らし方ー科学で読み解くネガティブ感情ー」より

この定義だと、私という人間は「恨み」の固まりだということになる。数十年越しの恨みが山のようにあることになる。でも、私「極楽とんぼ(バカ・阿呆)」みたいに評されるんだけど。うーん、私の中では「怒り」と「恨み」は継続年数に関係なく別だなぁ。ちなみに「嫌い」「苦手」も別になる。

 

良性の妬みと悪性の妬み

心理学では、羨みに近い妬みを「良性妬み」、ネガティブなニュアンスの強い妬みを「悪性妬み」という風に分けて考えるのが研究のトレンドです。

(中略)

羨みは、放っておいても特に害がないことが多く、良性腫瘍のようなものといえます。一方、妬みのように誰かに対する敵意がにじみ出ている感情は、妬みの対象となった人の不幸を願いつつ、経験している自分自身もつらくなります。このように、妬みは悪性腫瘍のように、心の健康を害する危険性すらあるのです。

中野信子・澤田匡人 / 正しい恨みの晴らし方ー科学で読み解くネガティブ感情ー」より

なるほどっ!!私には「羨ましいなぁ〜」という「良性妬み」はあるが、「悪性妬み」がない。これをね、説明したくても説明できなかったのだ。腫瘍のたとえは分かりやすい。これで、自分の状態を説明できる!

では、なぜ私は「悪性妬み」という感情を持たないのか。これは分かっている。誰もかれもが自分より恵まれているように思えて、「妬んで」いたらキリがない、のだ。「妬む」より「羨んで」お友達になり、少しでも何かしら情報でいいから得られたら、私の人生はマシになる。

実際、羨ましいと思う人には、本人の立ち居振る舞いや、その環境を作っている家庭に、学ぶべきものがあるのだ。親から与えられない情報や学びを、私はそういった人たちと交流することで得たのだ。場合によっては物理的に助けられたりもした。そして、彼らにも私とは違った苦しみがあることを知る。もしも私なら苦痛に思わないだろうが、本人にとっては最大級の痛みだったりするのだ。痛みの大きさは個々人の経験してきた痛みとしか比較できない。個々人の経験といっても、痛みへの感覚は、これまた個々人によって違うので、どうにも比較しようがないのだ。

 

本の話に戻そう。

この本は、中野信子と澤田匡人共著で、章によって書き手が変わる。中野信子が好きで借りてきた本だが、澤田匡人の章の方が理解しやすかった。専門用語が少なかったからだろうか。中野信子はテレビの方が砕けていて、分かりやすい。これは私がアホだからに違いない。

最後の方の章には「生きる」ツラさという根源的問題について書かれているし、イジメ、ストーカー、SNS問題と様々なネガティブ感情について、分かりやすく書かれている。攻撃的なネガティブ感情と、結果として攻撃になっているネガティブ感情について、というのが正確かもしれない。

この本を読んだことで私は、少しだけ孤独感を薄めることができた。私は「正しい恨みの晴らし方」を実践し続けていたのだ。それが「正しい」と書かれている本に私はやっと巡り会えたのだ。ちょっとマイナスだったのは、私が「人間として当たり前の感情」を持ち合わせていないか、薄すぎると逆説的に読めてしまったことだ。

「妬み」「僻み」などの負の感情に苦しんだり、嫌な気持ちになっている人は、この本を読むといい。ネガティブ感情をも「人間として当たり前」だと全部肯定してくれる。その上で、それって苦しいよね、と寄り添ってくれる。

私は「人間として当たり前」の「ネガティブ感情」を持たない、あるいは淡白なことを肯定してくれる本を探す旅に出よう。

早く人間になりたい。 

正しい恨みの晴らし方 (ポプラ新書)

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