おこもりさんも大海の夢を見る

諦めず、焦らず、時に倒れても海を目指して、ほふく前進する引きこもりの雑記ブログ

青い空が私を呼ぶので / 自覚なく死のうとしていることへの恐怖感

ブログランキング・にほんブログ村へ

ちょいと趣向を変えて、空と希死念慮の詩を。画像は借り物。

f:id:sakuran_blog:20190723175048j:plain

何が理由かは分からないが、自分で死のうと思っていないのに、死のうとしていることがある。ここ数年はあまりないが。私の生きようとする力は強いが、死にたい気持ちもなかなか強い。「生きるんだ、生きるんだ」と自分を鼓舞していても、気が緩んだ時に知らず知らず、死のうとしている。

例えば、屋上で青く晴れた空を見ていると、飛び降りようとする。駅のホームで通過列車に飛び込もうとしている。などなど。特に春先に空を見ていると、確実に空へ引っ張られそうになる。その時は「死にたい」とは思っていない。いつも、ギリギリのところでハッとして、後ずさりするので生き延びている。だから、実際に飛び降りてしまうかどうかは分からない。「生命力>希死念慮」だと信じてはいる。

けれど鬱症状が重い時に「死にたい」と思う時間は苦しい。なるべく死んだ後のことを考えて「うっかり」死なないように頑張っている。死んだら、私の不在を願う者に負けたことになる。「負けてなるものか」という生来の負けん気が私を生かしている。

大体、私が死んで両親が周りからお悔やみを言われるなんて冗談じゃない。特に母親はこれ見よがしに涙を見せて、可哀想な母を演じるだろう。そして人のいないところで「保険もかけずに死にやがって」などと悪態をつくのだ。ひどい被害妄想だと思う人は、親からそれなりに愛情をもらってきたのだろう。

今、中年の引きこもりが何かと話題になっている。父親が引きこもりの息子を殺害した事件のとき、ウェブ上でだが、父親を賞賛したり同情したりする声を、たくさん見かけた。私は母親が殺しに来るのではないかと、ハラハラしている。まあ、母親が来る分には返り討ちにできるのだが、あんな母のために刑務所に入るのはごめんだ。かといって、兄妹のことを考えると、警察に連絡するのも気が引ける。完全に接触がないので、まず来ないとは思うのだが、トチ狂って来たりしないよう祈るばかりだ。

死なないために、私は「遺書」を書いていない。書きたくなる時はあるのだが、書かないように堪える。いざ死のうとした時に「言いたいこと」を残しておくことで、引き返せるようにしている。「黙って死ねるタイプ」ではないから、これは効き目がある。希死念慮がある人には「やり残し」をとっておくことをオススメする。

自分が死に導かれそうなものから遠ざかっておく。これ、大事。あと、ご飯が美味しい時は、大丈夫な時だ。ご飯は大事だよ〜。